桜の開花した場所もあるようですね。いつもの年より少し早いでしょうか。
最近では、桜前線を発表しなくなってしまいました。
なぜなのか?理由はいろいろあるとおもうのですが、南から登ってきていた桜前線は、最近では、関東が早かったりして必ずしも南からやってくるわけではないからということです。気候変動によるものでしょうか?
それでも、私たち日本人は特に、桜が咲くのを心待ちにしているのではないでしょうか。
私も、その一人でありますから。
春分の日とは
春分の日は、お昼の長さと夜の長さが同じになる日、と覚えている方がほとんどだと思うのですが、本当のところはどんな日なのでしょうか。
祝日としての春分の日・秋分の日は、前年の2月1日に、春分の日・秋分の日の日付が書かれた「暦要項(れきようこう)」が官報に掲載されることによって、正式決定となります。
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日本の祝日を定めている「国民の祝日に関する法律」によれば、春分の日は「春分日」、秋分の日は「秋分日」を採用するとされています。「春分日」「秋分日」というのは天文学上の呼び名で、次のように定義されています。
太陽は星々の間を移動していて、その通り道を「黄道」といいます。また、地球の赤道を天にまで延長したものを「天の赤道」といいます。黄道と天の赤道は、お互いが傾いているために2点で交わり、その交点のうちの一方を「春分点」、もう一方を「秋分点」と呼びます。そして、太陽が春分点・秋分点の上を通過する瞬間がそれぞれ「春分」「秋分」と定義され、「春分」「秋分」を含む日のことを、それぞれ「春分日」「秋分日」と呼ぶのです。
国立天文台 ホームページより
春分点・秋分点という一瞬の時間を含む日のことであって厳密にいえば、昼と夜の長さが同じという定義ではないのですね。
しかしながら、春分の日は、冬から春への節目と言ってもいいでしょう。
春分の日のには、自然をたたえ、生物をいつくしむ日という意味もあるそうです。暖かくなり、植物も生き物も活発になってくるので、自然と触れ合う日という感覚でも良いですね。

春のお彼岸とは?
春は「春分の日」を中日として前後3日間、合わせて7日間ずつが「お彼岸」の期間となります。
そもそも「お彼岸」とはどんな行事なのでしょうか? 「お彼岸」という言葉に馴染みがなくても、春は3月、秋は9月にお墓参りをすることは多いと思います。それほど日本に定着している「お彼岸」ですが、もともと仏教の教えからやってきたと言われています。
仏教の中のひとつの考えとして、悟りの境地であり神様がおられる世界、天界は、人間界と天界の間を流れる川の向こうにあると考えられているので、川を挟んだ向こう岸、すなわち「彼岸」は悟りの境地であると例えたのが私達日本人の伝統行事「お彼岸」と言われています。(諸説あります)
反対に、私達の生きる煩悩の世界はこちら側の岸「此岸(しがん)」と呼ばれています。
そして、亡くなった家族やご先祖は「彼岸」へと渡っていって、時々私達の生きる此岸に姿を見せてくれるといわれるようになりました。
春分の日と秋分の日には、太陽が真東から上り真西へと沈みます。
それによって彼岸と此岸とが渡りやすくなり、この時期に先祖供養をすることでご先祖の冥福を祈るとともに、自らもいつか彼岸に到達できるよう願ったと言われています。
彼岸と此岸(あの世とこの世、ご先祖と私たち)とが交流する行事がお彼岸です。
仏教を開いたお釈迦様は、人は死後49日で別の存在に生まれ変わる(輪廻転生)か、輪廻転生の世界から解脱するか、いずれかの道に進むといわれているので、ご先祖があの世にとどまり、お盆やお彼岸の時期になるとこの世にやってくるというのはお釈迦様本来の教えではなく、仏教が伝わる以前から存在していた、日本古来の先祖崇拝信仰の名残りであると考えられます。
旧暦とは?
現在のカレンダーにも、旧暦の日にちが記載されていますし、旧暦のお正月やお祭り行事がまだまだ残っています。では、旧暦って何か?簡単にいうと明治6年以前使われていた太陰太陽暦のこと(天保暦)です。
現在私達が使っている暦(グレゴリオ暦)は、太陽の動きをもとにして作られているため、「太陽暦」と呼ばれます。一方、太陽暦が明治6年に採用される以前の日本では、月の満ち欠けをもとに、季節をあらわす太陽の動きを加味して作られた「太陰太陽暦」が使われていました。一口に太陰太陽暦といっても、歴史の中ではたくさんの暦法(計算の規則)が使われてきましたが、太陽暦への改暦の直前に使われていた「天保暦」と呼ばれる暦法のことを、一般には「旧暦」と呼んでいます。
旧暦を含む太陰太陽暦では、月が新月になる日を月の始まりと考え、各月の1日としました。それから翌日を2日、その次の日を3日と数えたのです。そして、次の新月の日がやってくると、それを次の月の1日としました。
新月から新月までは平均して約29.5日の間隔ですので、12ヶ月間では約29.5日×12ヶ月=約354日であり、太陽暦の1年より約11日短いため、そのままではだんだんと季節とずれていってしまいます。そこで太陰太陽暦では、暦と季節のずれが大きくなってきて、ひと月分に近くなると、閏(うるう)月というものを入れて、ずれを修正しました。例えば、3月の次に閏月が入るとその月は「閏3月」と呼ばれ、その年は13ヶ月間あるということになります。閏月は平均すると19年に7回ぐらいの割合で入ります。
以上のような理由から、太陰太陽暦では同じ日付であっても、それを現在の暦での日付に換算すると、年ごとに違う日付になります。例えば、現在の暦に切り替わる前の、明治3年1月1日は、現在の暦では2月1日ですが、翌年、明治4年1月1日は、現在の暦では2月19日です。
国立天文台より https://www.nao.ac.jp/faq/a0304.html
難しいですが、月の満ち欠けが一巡する約29日を1か月としていた、ということです。
しかしながら、それだと一年が11日ほど足りなくなってしまうので、時々、閏月というのを入れて13か月としていたということなんですね。
2023年は、旧暦では閏2月が入ってきますので、旧暦の載っているカレンダーなどお持ちの方は見てみてください。3月22日は旧暦閏2月1日と記載されていると思います。
旧暦に終わりがあるって
旧暦ですが、現在、採用されている天保暦は、その名の通り天保の1830年から1844年のころに計算されたもで、計算によって導き出すのですが、矛盾が生じる時がやってきてしまうのです。
旧暦を定めるに当たって基本のルールがあるのですが、それに当てはめると閏月がいっぱいできてしまったり、特定の月がなくなってしまったりという矛盾が生じそれ以上、計算できなくなってしまうのです。
そして、天保暦の終わりは、2033年にやってきます。
え!あと10年じゃないですか!
そうなると、あらたに計算し直すことが必要となってきます。
いったいどこの誰が計算して定めてくれるのでしょうか?暦に関するところなので、国立天文台、もしくは、宮中行事等で旧暦を必要とする宮内庁などの機関かもしれません。今では、ほとんど使われていないと思われている旧暦も、まったくなくていいものではありません。
2033年までに、国の機関が定めてくれるだろうと思いながら次の旧暦ができるのを楽しみにしています。
春分の日の過ごし方

風水師の観点から見ると、春分はこれから陽のエネルギーが高まっていく日になります。
やっておくとよいこと、やると良いことは、
- 21日までに家を掃除しましょう。
玄関・リビング・寝室・クローゼット、収納・自家用車の中 - 室内の空気入れ替えましょう。
換気なら1時間ほど窓を開けておきましょう。 - 太陽の光を浴びましょう。
お天気が悪ければ外の空気に当たるだけでも良いです。 - お花を飾りましょう。
路ばたに咲いていた小さな花でもいいです。 - 早寝早起きしましょう。
変わり目でもありますし、身体を目覚めさせましょう。
終わりに
日本の古臭い伝統だと思っている方も多いと思います。
しかしながら、何百年も前から行われてきたことでもあります。そして、やってみて悪いことは一切ありません。
春分の日に、ご先祖様への感謝を伝えてください。目を閉じて手を合わせその場で祈るだけで大丈夫です。お時間のある方は、お墓参りに行ってみてください。
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